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桃花女学院 音楽部 部員紹介
ストーリー絵板

「お兄ちゃん、はやく〜っ!」
「わかったわかった。」
俺が軽自動車を車庫から出すと、妹の藍那が助手席に飛び込んできた。陸上部の朝練が有る時は電車の乗継が悪く、ちょっと遅れると間に合わなくなるので通勤途中に送らせられる羽目になる。」
「れっつごー!・・・あ、まだ取れないんだ、それ。」
妹が右小指に巻かれた包帯を見て言う。
「ああ、突き指で何とか今日はごまかすけど、駄目だったら切って取るしかないかな。」

昨晩、妹がリビングで何かを弄繰り回していた。それは十円玉のような色をした汚い金属製の指輪だった。
「何だそれ?ちょっと見せてみ。」
「あっ・・・」
ひょいと取り上げてみると、幅広のデザインの部分にびっしりと見たことのない文字が緻密に刻み込まれている。
「昨日駅前でちっちゃい女の子から買ったんだ。でもどの指にも大きくってさ〜。そうだお兄ちゃん、12800円だったけど7500円で買わない?」
「いるかこんなの。大体俺には入らな・・・あっ。」

そのまま指輪は第2間接の所にきっちりはまってしまった。色々やったがまったく取れないので包帯で隠している。俺の職場ではアクセサリーなんてとんでもない。
二流音大を卒業してあわや就職浪人になるところを、親父の知り合いの大金持ちが運営する私立女子中学・高校の音楽講師として滑り込んだのだ。

「いってきま〜っす!」
水色のリボンをはためかせて妹が公立高校に走りこむ。
俺はそのまま職場の桃花(とうか)女学院へとハンドルを切った。

(文:SKNさん)

(絵:SKNさん)

(絵:紅珠)

「・・・以上、ではみんな、楽しい夏休みを過ごしてください!」
わあああ、っとクラスに歓声が満ちる。期待に溢れた空気。その中で俺の心はあの出来事が引っかかっていた。

指輪を隠して出勤したあの日、職員室で朝の打ち合わせを済ませて高等部音楽準備室に向った。
「おはよーございます!」
「あ、おはよう。」
先に来ていた桃瀬先生は机に突っ伏したままひらひらと手を振る。
「うっ・・・また飲みすぎですか?」
「大きな声出さないで・・・アタマ痛い・・・」
この学園の音楽教師は3人。そのうちの一人がこの桃瀬先生だ。もう一人が中等部担当の先生で、高等部のもう一人の先生が体調不良で長期療養中のため、俺が潜り込む事が出来たのだ。
この学園は音楽が盛んだ。課外活動も他に比べると多い。
音楽部には吹奏楽班を中心にリコーダーアンサンブル班、中等部の合奏班がある。
他に合唱部、和楽器部、ギターマンドリン部、軽音楽部があった。
その内の音楽部と軽音楽部の課外活動を俺は担当することに。

「失礼します・・・」
ドアがノックされ、生徒が入ってくる。
高2の坂本奈津美。音楽部の副部長で吹奏楽のファーストクラリネット奏者、音大を目指している。木管のパートリーダーもしていて後輩の面度見もよい快活な生徒だ。そして・・・かなりの美少女。
しかし、その日の坂本は明らかに様子が変だった。
「あの・・・私、退部したいんです・・・」
どこを見ているのか・・・定まらない視線。
「えっ?な・・・何でだ?坂本・・・」
返事をしないで無表情で立ち尽くす坂本。
「坂本さんは科学部に入りたいんですって。生徒の意思は尊重しないと、じゃないかしら?」
背後から現れたのは、俺と同じく春からこの学院に教師として採用された、理科の阿倍野蓉子先生だった。科学部の顧問をしている。
ストレートのボブにちょっと冷たい感じのする目。確かに美人だが、近寄りがたい雰囲気があって俺は苦手だ。
「坂本、本当なのか?」
無表情だった顔に一瞬、表情が浮かぶ。
「せ・・・んせい、ちが・・・う、わ・・た・・・あっ。」
表情が消える。阿倍野先生が坂本の肩に手を置いたのと同時に。
「・・・私、音楽止めます。科学部に入ります。では、失礼します。」
一瞬、阿倍野先生が笑ったように見えた。

(文:SKNさん)

俺は音楽室で突然の副部長の退部を部員達に知らせなければならなかった。
最初に泣き出したのはいつも副部長を目指して頑張っていた中一の飯島だった。

(絵:文:SKNさん)

 

 

(絵:紅珠)

「とにかく・・・坂本とはもう一度俺のほうで話して見るから。部長、あとはちょっと頼む。パー練始めててくれ。」
「あ、はい。みんな!・・・パートリーダーは・・・」

どう考えても不自然だ。坂本は誰よりも部活に熱心で、音大入試も控えているのに。
「きゃっ!?」
「うわっ!」
考え事をしながら歩いていたら生徒とぶつかってしまった。
「ご、ごめん!考え事を・・・・あ、西園寺・・・さん。」
尻餅をついていたのはなんと理事長の娘、西園寺佳織だった。
「いったぁい・・・・」
「大丈夫か!?先生が悪かった。立てる?」
「あ・・・大丈夫です。私もぼ〜っとしてて・・・あれ?」
「ん?あ、あああ・・・これは・・・」
しまった。包帯がいつの間にか解けて、床に落ちた。
よりによって理事長の娘に見られてしまうとは・・・


「やっぱりそうだわ。これ、私の妹が売ったリング。」
「妹さん・・・ってフランスに留学中の?」
「そう。ね、先生。これ、私に譲ってくれないかしら?」
「あ、うん。そうしてあげたいけど・・・取れないんだよ。もう切って外してしまおうかと。」
「ダメっ!そんな事したら指輪に込められた力が暴走してどうなっちゃうか判らないわ。先生、ちょっとこっちに。」


無人の視聴覚室に入り、西園寺は俺の指の指輪に刻まれた文字を見ながら携帯で誰かと話し始めた。妹さんのようだ。暫くして電話を切る。
「その指輪は3つの使い方が出来るみたい。ひとつは基本の使い方で、こうやって・・・・こうすると・・・えっ?何で???何で俺がそこにっ!?」
「ね?魂を入れ替えることが出来るの。戻す時は・・・あ、も、戻った!?」
「そしてもうひとつの方法。これは試してみるわけには行かないんだけど・・・指輪に口付けをして、相手とキスをする。入れ替わるのは同じなんだけど、相手は自分を術者だと思い込んで身代わりとして行動する。戻る時はもう一度キスをしないとダメなんだって。」
信じられない、が、今実際に体験してしまった。確かに俺は西園寺佳織になっていた。
「三つ目は・・・知らないほうがいいかも。とにかくそれ、外れたら私に譲ってください、先生。」
「西園寺さん・・・君はいったい・・・」
「ふふっ。私は魔法使いの姉なんですよ。」


その日はとんでもない事の連発だった。
「あ、そうだ・・・坂本を・・・西園寺さん、また今度!!」
理科準備室には張り紙がしてあった。
『実験中・立入禁止・科学部』
科学部のメンバーは確か二人だけで、一人は3年の元生徒会長。そしてもう一人は先週入部したばかりの高1の女子。テニス部で中学時代も大会で何度も優勝した事があるらしいが、いきなり退部して科学部に入ったそうだ。
(それって坂本と・・・)
いずれも輝くばかりの生命力に溢れた生徒ばかり。何故なんだ?
一方阿倍野先生は、新任の挨拶の時に、美人だがちょっと暗い印象。
しかしさっきの阿倍野先生は何かが違っていた。
その存在感はまるで別人のようだった。

(文:SKNさん)

とにかくもう一度、坂本の真意を・・・

中で人が動く気配。
そして暫くしてカギが外れる音がして、木製のドアがスライドした。
「あの・・・君たち・・・?」
なんだこの・・・暗い生徒たちは?
まさか、この子達が・・・あの輝いていたテニス部の子と元生徒会長?
確かに顔は記憶の通りだ。しかし、精彩が無いどころか・・・
「実験中なのでお引取りください・・・先生。」
「いやっ・・・あの、坂本はいるのか?ちょっと話が・・・」
「坂本さんは今手が離せません。申し訳ありませんが実験がありますのでこれで。」
無表情のまま俺にそう言ったのは、元生徒会長の菅原真智子だった。あの下級生に絶大な人気を誇った才媛。学力は全国でもトップクラスだったはず。
取り付く島も無い。しょうがない・・・一旦音楽室に・・・
「・・・?」
セーターの袖が引っ張られる。
目をおろすと、菅原の手が俺の袖を掴んでいる。
「あ・・・の?」
「たす・・・けて、先生・・・・阿倍野瀬・・・んせ・・いが・・・・・」
「菅原さん?」

「あら、まだ何か用かしら?」
いつの間にか背後に阿倍野先生がいた。
「えっ?あ、あの・・・坂本にちょっと・・・」
「臨時の音楽講師風情が正職員の私が顧問の科学部に、どんな御用が?」

 

先生が音楽室を出て、暫くざわついていた部員たちはパート練習の為に楽器と譜面を持って移動を始めていた。
音楽室は移動が大変なパーカッションがそのまま。
木管パートは体育館前の石段がいつもの場所。
金管は噴水前のベンチ付近。

「うっ・・・・ぐっ・・・・」
部長が肩を震わせているのに気が付いた2年の木村涼奈が近寄る。
「部長?大丈夫ですか?」
「私の・・・私のせいだ。私のせいだ・・・ううう・・・うあああああああっ!」
「部長!?」
号泣する部長の肩を抱く涼奈。
「私のせいなのっ!」

昨日、部長と副部長は12月の定期演奏会の打ち合わせをしていた。
1部は例年の通り、文化祭のプログラムとコンクールの課題曲から。
2部の曲目の話題になった時、坂本が目を輝かせて提案を出した。
「アニソン、やらない?吹奏楽向けアレンジの曲もけっこう譜面出てるしさ!軽音のコたちをゲストに呼んでやったら楽しくない!?」
伝統ある音楽部で、過去に前例の無い奇抜な提案。
「うん・・・そうね。どうなのかなぁ・・・?」
あまりにも唐突過ぎて考え込む部長。
一緒に喜んでくれると思った部長の反応に、坂本はちょっと悲しそうだった。
「・・・いいと思うんだけどなぁ・・・」

 

(絵:文:SKNさん)

 

 

やはり何かがおかしい。

阿倍野先生を問い詰めるしかない。

「阿倍野先生、いったい、彼女達はどうしたんです?」
「まったく、突然何を言い出すのかしら。あたしが何かをしたとでもいうの?」
彼女は昂然と言い放つ

「彼女たちの様子は、明らかに変です」
「それは、貴方の思い込みじゃないかしら?」

「しかし…ですね、現に菅原さんは、僕に助けを求めています」

阿倍野先生は俺の横を通り過ぎて、菅原さんの肩に手を回した。

「ねえ、菅原さん、あなた先生にそんな事を言った?」
「はい、でもあれは冗談です。先生、私達はなんともありませんので、どうぞお帰り下さい」

菅原の様子はおかしいが、本人にそう言われてしまうと、これ以上は追求できない。

どうしたらいいんだ?

ふと、先程、西園寺に教えてもらった指輪の事を思い出した。
この指輪を使えば・・・
菅原達から本当の事を聞き出すにはこうするしかない!

俺は後ろを向いて、そっと指輪に口をつけ…

そして振り返って、素早く阿倍野先生の唇に俺の唇を重ねた!

(絵:文:紅珠)


 

生徒たちの前でこんな事を・・・失敗したらヤバいなんてもんじゃ・・・
「・・・ぷはっ!」
成功だ。目の前に俺のメガネが見える。
ということは、俺の体には阿倍野先生の魂が入っているんだよな。そして俺の身代わりに行動するはず。

何度も振り返りながら、俺が音楽室に帰っていく。
生徒たちは目の前のキスシーンを見ても何も感じない様子でぼ〜っとしていた。
とにかく、中にいるはずの坂本に・・・


「あああああ〜ん、ちょっと、み、みんな落ち着い・・・て。」
何なんだこの感じ。3人の体だから何かが流れ込んでくる。
力が溢れてきて・・・気持ちいい。


あたりは夕暮れ近くなっている。
「西園寺さん、ちょっといいかしら?」
「あ、阿倍野先生?」
「ちょっとお話があるの。理科準備室まで来てくれない?」

(絵:文:SKNさん)

 

 

 

理科準備室は薄暗かった。窓から夕焼けの光が差し込んでいる。佳織がきょろきょろしている後ろで、阿倍野先生が鍵を閉める。
「あの・・・私に話ってなんでしょう〜?」
「それはね・・・まずこれを見てほしいの。」
先生が指を指す先に・・・人がいた。
生徒が3人。
影が薄くているのも気がつかないほど・・・
「西園寺さん、貴女にも科学部員になってもらうわ。」

 

 

 

「・・・で、早速指輪使ったのね。やっぱり異性とが面白いもんね。」
「ああ・・・入れ替わったはいいけど・・・どうやったらこの子達を元に戻せるのか見当がつかなくて。入部したことにして手伝ってくれないかな?」
「いいわよっ!面白そうだし。よ・ろ・し・く!阿倍野先生。」

「知り合いに力になってくれる人がいると思う。一人はアニオタで女装コスプレが趣味の魔導師で、もう一人はユリで暗黒魔法マニアの魔導師。どっちがいいかな?」
「いや・・・他にはいないの?」
佳織が電話をかけ始めた。

(文:SKNさん)

 

 

気がつくと、科学準備室の戸口に、黒いマントに身を包んだ小さな外人の女の子が立っていた。

西園寺は、少女の駆け寄ると抱きしめる。

「もう!いつきたのよ。連絡くれればいいのに」
「えへへ、お姉さまを驚かしたくて」

少女はうれしそうに西園寺を見上げる。

「学校は大丈夫なの?」
「うん。フランスでは、もう夏休みが始まってるから大丈夫」

「えーと…、この娘は…?」
「あっ、紹介しますね。私の妹の杏奈です! こう見えても腕のいい魔術師なんですよ!」

(絵:文:紅珠)

 

小さな魔法少女は理科準備室の中をちょこまかと動き回り、電話で誰かと話している。フランス語のようだ。
「大体事情は判りました。この人たちには呪いがかかってます。あなたがかけた強力な呪術が。」
「えっ・・・俺?あ、阿倍野先生か・・・」
「日本古来の呪術をいくつも組み合わせておるみたいです。元になっているのは巫蠱(ふこ)ですね。入れ物に虫なんかをいっぱい入れて、共食いさせて生き残ったので呪いをかけるアレです。それを人間に応用して、この子達の気を吸い上げているんです。」
「それで・・・最近なんだか阿倍野先生が急に存在感があるように?」
「そうです。吸われたこの子達は命には別状はありませんが、影の薄い、目立たない人物としてしか生活できなくなってます。」
「杏奈、何とかできるの?」
「いえ〜無理です。」
「えええっ?」
「術者じゃないと解けませんよ。巫蠱(ふこ)以外にも陰陽道、、呪禁道、密教の法術まで複雑に組み合わせてあるんです。」
「そんな・・・俺はどうすれば・・・」
「簡単ですよ。そのままその体で数日生活すれば、魂が器に馴染んで脳の記憶が読めるようになるはずですから〜。」

(文:SKNさん)

(絵:紅珠)

杏奈がパワーストーンの付いたネックレスを3人にかけると、徐々に意識がはっきりしてきたようだ。俺は事情を説明した。

「じゃあ・・・先生が私達を助けるために?」
「ああ。だけど術を解くまではもうちょっと時間がいるらしいんだ。待って欲しい。」

そして数日が経ち、やっと3人に掛かっていた呪を解除することに成功。西園寺さんと菅原以外は科学部を退部し、元のテニス部と音楽部に復帰した。
「良かったですね、先生。」
西園寺と菅原が微笑んでいる。
「ああ、後は元に戻った後の阿倍野先生が心配だけどな。とにかくやっと元に戻れるよ。キスするんだっけ?」
杏奈ちゃんが嬉しそうに説明してくれる。
「そうです。解除の時はちょっと厄介で、通算5分以上、お互いに意識のある状態でキスをすれば元に戻ります。」
「え・・・ええっ?」
「間を5分以上空けると最初からですよ。」
5分もキスしたら・・・その先に行ってしまう可能性が・・!?
それにお互いに意識のある状態って・・・俺自身をを誘惑しないといけないのか!?
「それって・・・すげーヤバいんですけど。」
理由はいえない。
俺が根っからの巨乳マニアだなんて・・・

 

(絵:文:SKNさん)

しまった?入れ替わらない!?
唇が離れ、阿倍野先生が驚きの表情で俺を見ている。
「えっと・・・あの・・・その・・・ごめんなさい・・・」
とりあえず謝る。西園寺さん、使い方が違うんじゃないのか?

阿倍野先生に引っ叩かれた頬をさすりながら、俺は音楽室に戻った。生徒たちはパート練習を終えて戻ってきている。教室の隅で部長が椅子に腰掛け泣いている。何人かが囲んで慰めているようだ。
「部長、どうしたんだ?」
「あ、先生・・・部長が・・・副部長が辞めたのは自分のせいだって言って・・・」
「部長、大丈夫だ安心しろ。坂本は戻ってくる。それに部長は何にも悪くないよ。原因は別だから安心しなさい。」
「先生・・・ほんと?」
真っ赤な目で俺を見つめる部長。
「本当だ。」
そう、理由はあの憎むべき阿倍野先生に間違いないのだから。

それから秋の学園祭の準備と、夏の学内合宿の準備でてんてこ舞いだった。生徒たちも一生懸命頑張っている。桃瀬先生も忙しい中、色々と手伝ってくれて助かっている。本当に。(胸が大きいのも俺の好みにピッタリだし。)

「お帰り!!副部長〜!!」
「「「おかえりなさ〜〜いっ!!」」」
「えへへ、ただいまっ。」
一週間ほどして坂本が科学部を止めて帰ってきた。
阿倍野先生がそうしなさい、って言ったそうだ。これで一安心だ。阿倍野先生も思ったほど悪い人ではないのかもしれない。苦手なタイプなのは変わらないけど。(胸もないし・・・)
あるいは西園寺さんが何かをしてくれたのかもしれない。最近は科学部員として阿倍野先生といつも一緒にいるようだ。

毎日が猛烈に忙しい。
一日ごとに音楽部と軽音楽部の課外活動があり、仕事のほうも山盛りだ。

校長室に呼ばれて行くと、校長と教頭と、桃瀬先生が俺を待っていた。
「本当に頑張っているね。まあ掛けたまえ。」
校長が言うには、病気療養中の先生が本格的な療養に入るため暫く復帰が望めなくなったそうだ。
「教頭と桃瀬先生から強く提案されてね。正式に職員として採用したいと思うんだが、どうかね?」

採用祝い、という事で先生方何人かが俺を駅前の居酒屋に誘ってくれたあの晩、俺は桃瀬先生と意気投合してそのまま付き合い始めた。他の先生や生徒にはもちろん内緒だけど。
本当に何もかもが充実している。

(・・・何かがおかしい・・わ?)
(私・・・本当に・・・私なの?)
(この指輪・・・)
最近、ふとした瞬間に違和感を感じるようになった。
何だろう?
ふと自分が、自分じゃないように感じることがある。
仕事も充実し、生徒たちからも慕われ、桃瀬先生とも上手く行っていて、家も平和で妹も可愛くて・・・
「あの、先生・・・」
「あ、阿倍野先生?」
「こ・・・今度の日曜日、映画でも・・・あのちょっとチケットを貰ったもので・・・」
「あ〜、日曜日はちょっと・・・ゴメンなさい。」
「そうですか・・・判りました。」
阿倍野先生は肩を落として理科準備室に戻っていく。
最近良くアプローチされている気がするが、俺には桃瀬先生がいるし、はっきり言えばタイプじゃない。申し訳ないけど。

 

(文:SKNさん)

「というわけで明日から夏休みだ。みんな・・・(以下略)。」

指輪が生徒たちに見つかって、俺は慌ててそれを隠そうとして・・・


私以外なら、そのまま『俺』として身代わりをさせられ続けていたかもしれない。その指輪に刻まれた文字が古代ルーン文字だということが唐突に理解できて、私は自分の意識を取り戻した。
あの時、指輪はちゃんと働いたんだ。

私の正体は、聖職者になろうなんて気はさらさら無く、長年研究した呪術や魔術を使って若くて才能に溢れた生徒たちから魅力を奪い取って自分の物にしようとした極悪人。
影が薄い、とか、性格悪そうだとか言った連中を見返すために。充実した人生を送るために。

「先生?ど〜したんですか?ぼーっとして〜。」
「え?あ、ああ。何でもないよ。夏休み、遊びすぎるなよ?」
「は〜い。」
今まで生きてきて、味わったこと無い充実した生活。
これから始まると思っていた桃瀬先生との夏休み。
家族で行く予定の伊豆旅行。
『絶対・・・返すもんか。』

(文:SKNさん)

(絵:SKNさん)

 自分を映画に誘って、その自分にフラれ、意気消沈して帰宅(もちろん阿倍野先生のマンション)した俺を待っていたのは西園寺さんと、杏奈ちゃんだった。

 俺と阿倍野先生が入れ替わっていること、そしてその発端となった阿倍野先生の何らかの企みのことを知り、関与できる力をもっているこのふたりは、ありがたいことに、俺が元の自分の体に戻れるようにと、事件の発生以来、協力してくれていた。

  夕食(驚くべきことに、見事な家庭料理を阿倍野先生な俺がつくってしまった。どうやら阿倍野先生は料理が得意らしい)をすませ、家事をこなし、夏季休暇中 の研修課題や明日の部活の準備など、その日のぶんをいちおう終わらせると、時刻はすでに夜の11時をまわっていた。夏を感じさせるむし暑くやわらかな風 が、ベランダの窓から部屋を通り抜けた。

「あの…今日も、フラれたんだけど…自分に。」
「あちゃー…」また失敗?という表情をする西園寺さん。
格闘ゲームで西園寺さんに敗北しつづけた杏奈ちゃんは、ふてくされた後、とっくにすやすやと眠ってしまっている。
「…それにしても、どうしてあのキスじゃ元に戻らなかったんだろう?」
「う〜ん…、詳しくはアンヌに聞かないと…。でも、魔法って私たちがイメージするほど使い勝手のいいものじゃないみたいですよ。なんていうか…心とか体とか、いろんなものに影響されやすいっていうか。」
 俺はすこし目をつむって、あのときのことを思い返してみた。
「…あのとき…のあのキスじゃ、何かが足りなかったのかな?」
 そう言いながらすっと目をあけると、いつのまにか西園寺さんは楽しげにクローゼット開きながら、その中を見ていた。
「あー、これかわいいー。へー阿倍野先生ってこんなのももってるんだ、意外ー。」
「え?」
「ねーねー、先生、次はこれ着てみてまたデートに誘ってみなよー。」
さしだされたものはスカートの丈の短いワンピースだった。

 翌朝、阿倍野先生な俺は、ゆうべのあのワンピースを着ていた。
俺は…もちろん抵抗はした。抵抗はしたが、この魔法の世界の住人(!?)で、しかも、学園理事長の娘(!!)である西園寺佳織に、そんな抵抗はみじんも通用するはずはなかった。
「なんで俺がこんな格好を…」
「とってもかわいいよ先生!」満面の笑みでそう答える西園寺さん。
俺は情けないやら悲しいやら…で、鏡の前の自分を見てみた。
(…阿倍野先生って、なんだか暗くて(胸もないし)ぜんぜん気にしてなかったけど…でも、こうしてみると、脚が長くて華奢で真っ白な肌で…料理も…はっ!いかんいかん、俺は桃瀬先生ひとすじなんだ。阿倍野先生なんかぜんぜんタイプじゃ…)
がばっ、と突然腕にすがりつく西園寺さん。
「先生、なにひとりごと言ってんの?早く行かないと遅れちゃうよ?さあ出発!」

(絵:文 歩さん)

(絵:SKNさん)

□合宿初日:音楽室:阿倍野

8月1日
いよいよ音楽部の夏合宿が始まった。
これから十日間、生徒たちや百瀬先生と一緒の屋根の下ですごす事になる。
自分の意識が戻ってから、松本弘樹であることが少し大変になってきた。こんなことなら自分の記憶なんてもどらなければよかったのにと思う。

横を見ると、百瀬先生が中東部の生徒たちにてきぱきと指示をだしている姿が見える。
学生時代は、私は百瀬先生のようなタイプの人に嫉妬することが多かった。やさしくて可愛くて何でも持っていて。

私はそういう人たちを敵対視していたのだが、今松本弘樹になった私は、百瀬先生がいとおしくてたまらない。

「先生、荷物の運び込みが終わりました」

部長の門倉が、物思いにふけっていた意識を現実に引き戻す。


「ああそうか、じゃあ、今日はそれぞれ編成班に分かれて、4時までパート練習を行うように」

「はい!」
門倉が気持ちのよい返事をして、部員たちに指示を伝える。

「あの、松本先生…、おはようごうざいます」
消え入りそうな小さな声で、後ろから誰かが挨拶をしてきた。この声の主は、下の私の体になった松本先生だろう。

なんとか私とキスをして体を取り返したいのだろうが、
自分の意識を取り戻した私が、彼と付き合うことは無いだろう。

早めにあきらめさせようと思い、振り返ると、
そこには、あのワンピースを着た私が立っていた・・・。

「阿倍野先生…、その格好は?」

「ちょっと、イメチェンをしようと思いまして、あの、やっぱり変・・・ですよね?」

ワンピースだけでなくメイクも以前私がしていたのとはだいぶ違う。

恥ずかしそうに目を伏せる顔は、不思議にとても可愛らしく見えた。

私もこんなふうにできるんだ・・・。

私は、この体の鼓動がちょっぴり早くなるのを感じた。

(絵・文:紅珠)

「あの・・・駅前に新しいイタリア料理のお店が出来たんです・・・けど・・・その・・・」
もじもじと誘っている『私』
可愛い、と素直に思う。
私じゃきっと無理だろうな、こんなの。
「あ、あの・・・合宿なので生徒達の・・・ゴメンなさい。」
しょんぼりと肩を落とす『私』
胸に何かがこみ上げてくる。
ダメだ、今の『俺』を手放すわけには行かない。
「じゃあ、練習が始まりますから。」
私は相手の顔を見ないで歩き出した。

 

「どうだった!?先生!!」
理科準備室に入ると、西園寺さんが眼をキラキラさせながら聞いてくる。
「ん〜〜、やっぱりダメなのかな。また振られちゃったよ。あれ・・・みんな?」
西園寺姉妹だけではなく、テニス部の三原や菅原部長、さっきまで音楽室にいた坂本まで?
「先生、諦めたら負けですよ?」
菅原がビニール袋を肩の高さまで上げる。
「な・・・なんだ?それ。」
「じゃあ科学部のみんな!部活始めるわよ?」
「わー!!!」

「まず髪の毛は?」
「もうちょっと明るい色がいいと思います!!」
「おっけー!」
ヘアカラーを取り出す菅原。
「これも!!」
西園寺(姉)がカーラーを取り出した。
「少しウェーブかけて軽い感じに!」

「私はこれもって来たよ。」
坂本が取り出したのは・・・ブラ?
「こないだサイズ測ったから、多分合いますよ、先生。ここがこーなってるから、つければいきなりCです!」

「私はこれ〜。」
杏奈ちゃんが・・・うちの制服を着てる?
髪の毛もいつの間にか黒くなって・・・
「本当はチャームの魔法で魅了できればいいんですけど、状態変化が起きていると意識が無い状態と同じになってキスしても解除出来ないから〜。あくまでも自力で魅了してもらうために・・・お姉ちゃんの胸のコピーを作る薬を作りました!!」
「え、えええっ?」

その他にも皆が持ち寄ってくれた美容グッズの数々・・・
女の子って色々大変なんだな・・・

「これでよし・・っと。先生!頑張ってきて!!」
菅原が俺に鏡を見せる。
「あ・・・・」

(文:SKNさん)

「これが・・・俺?いや・・・阿倍野先生?まるで別人・・・」
満足げに西園寺さんが笑う。
「髪もそうだけど、メイクって凄いんですよ?このおはなし掲示板のちょっと前のページを見ればその効果が判るわ。」
「私の胸のおっきくなる薬は〜?」
「杏奈ちゃん・・・それは最後の手段にとって置くよ。」

(文/絵:SKNさん)

そのまま抱きしめたい衝動を振り切って私は走り出した。

私には無理だって勝手に思っていた。
そしてそうやって決め付けて逃げていたことを松本先生が教えてくれた。
逃げて呪術なんて方法で、努力の仕方が完全に間違ってたんだ。私が欲しかったものは自分が努力をすれば手が届く物だったのに、他人のものを奪おうなんて。最低だ。

駐車場で桃瀬先生が、町の夕暮れを見下ろしながら待っていた。この桃瀬先生との関係も、私のではない。
生徒たちだって私のことを慕っているのではない。
妹の藍那だって・・・

合宿も半ばを過ぎて、パート練習主体から全体での仕上げへと内容をシフトしていく。
松本先生の中学・高校と吹奏楽部で部長を務めていた経験のおかげで、生徒達の上達は目を見張るものがある。

心が苦しくなる。
毎日のように、健気に誘いに来る『私』
花が咲くように、日に日に美しくなって。


その日の夕方の桃瀬先生のマンション。
「弘樹くん?どうしたの?最近元気なくない?」
桃瀬先生が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「涼子さん・・・」
隣に座って、肩に桃瀬先生の頭がそっと乗る。
そして桃瀬先生の声が、肩に響いた。
「不思議だな、今まで男の人にこんな気持ちになったのは初めてなの。レズってわけじゃないけど・・・男の人を好きになったのは弘樹くんが初めてじゃないかな?」
違うんです・・・桃瀬先生・・・私は・・・
「弘樹くんのこの前までは全然そんな風には思わなかったんだ。でも急に雰囲気が変わって・・・今の弘樹くんならずっと一緒に住んでもいいかなって。」
・・・!?プロポーズ??
しかも・・・桃瀬先生が好きになったのは・・・この体に入った私だって事?
そんな・・・
そんな・・・
一体どうすれば・・・

(文:SKNさん)

合宿も終盤になったが、私はまだ結論を出せないでいた。

「ねえ、なんか、音が聞こえない?」
夜の練習が終わった後、二年の菊池が言った。
「ほんとだ、笛の音?」
同じく二年の木村も耳を澄ます。
「これ、祭囃子じゃない?」
門倉が言うと講堂内がざわめいた。
「「ね〜、先生!」」
生徒たちが目を輝かせて声をそろえて私を見る。
「わかったわかった」
その顔を見ただけで、子供たちが行きたがっていることは
すぐにわかる。
私は苦笑しながら、皆をつれて外へ出た。
扉を開けると、夏特有の熱気をふくんだ湿った風が頬についた。
その風に乗り、神社の方から笛や、鼓、胡弓の賑やかで綺麗な音色が運ばれてくる。
「あー、こんなことなら浴衣持ってくればよかった〜」
「いいじゃん、ジャージでもさ」
賑やかにはしゃぐ生徒たちに、桃瀬先生も腕を引っ張られて、楽しそうに笑っている。
科学部の生徒達や坂本達に手を引かれて『私』もやって来た。
風呂から出たばかりなのだろうか、すこし濡れた髪が色っぽい。
「あの、松本先生、私たちも一緒に行っていいですか?」
おずおずと訪ねる『私』
「ええ、もちろんですよ」
『私』は嬉しそうに微笑んだ。
おもわず、その華奢な肩を抱きしめてしまいたくなる衝動にかられたが、その思いを地からづくで押さえこ、きびすを返すと私は神社への道を歩いた。

神社につくと提灯の光りに照らされ、櫓の周りを二十人くらいの人が踊っている。
オジサンも、おばさんも、髪を短く刈り込んだ男の子も、茶髪の女の子も、年齢も性別も違う人達、皆が囃子にあわせて、笑顔で踊っている。

すぐに生徒たちもその環に入っていく。
「さあ、私達も踊りましょう」
桃瀬先生が、私の手をとった。

(文:紅珠)

先生が戻るのを手伝いたい。
だって先生が大好きだから。
先生がそれを望んでいるから。

でも、戻った後は?
先生は音楽部の先生に戻って・・・
科学部の私達は・・・私は?
そんなのいやだ。

 

(文・絵:SKNさん)