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日記過去ログ
2009/04/27 23:30 中学の頃、英語で6点取った僕が英語を再勉強してみる〜三日目〜
総合計:10時間30分(+2時間) 概要 :文法学習+読書 感想 :だらだらとしてたんで時間の割りには微妙。 面白かった表現: Go ahead and scream! んー…理由は適当。 ソリッドシチュエーションの映画に出てくる館の主人とかがVTRとかで言いそうだから。 クローズドサークルとも言うのかね。『そして誰もいなくなった』とか。 本日は以上。 see you later,バイバイ!
2009/04/26 23:30 中学の頃、英語で6点取った僕が英語を再勉強してみる〜二日目〜
いい加減、日記でやってる記事を個別にカテゴライズせにゃならんと思っとります。 砂塵です。 総合計:8時間30分(+3時間) 概要 :文法学習+読書 感想 :大分慣れて来たかな?でも語彙が少ないね。絶対的に。 少し文の形が特殊になったりするとまだ読めない事がある。 面白かった表現: 出展:向山貴彦『Big Fat Cat and The Mustard Pie』 I used to think that life was like a blueberry pie. Sometimes sour, but mostry sweet. But I was wrong. ......Life isn't a blueberry pie. It's more like mustard pie. ハイ、前回と打って変わって物凄くマジメな文ですね。 「Big Fat Cat」と言えば『ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本』で一世を風靡しましたからご存知の方は多いのではないでしょうか。 この本はその後シリーズかされた本の第一作目にあたります。 この作品。読んだのは数年ぶりですが学習用を抜きにしても僕は好きです。ホントに。 上の様に文章は非常に平易なのでもし興味があれば一読されてみると良いと思います。 面白いですよ。 それじゃあ本日はここまで。 See you later.バイバイ!
2009/04/25 23:30 中学の頃、英語で6点取った僕が英語を再勉強してみる〜一日目〜
どうも、砂塵です。 日本語の長い記事が書け無い時用の記事としてお送りする新企画! これは負担にならない程度に経過報告をしていく緩い記事です。 ・ルール 1.暇な時にやる。(矛盾してるなんて言ってくれるな) 2.合計時間を公開する。 3.1ネタ入れる。 ハイ、というワケで本日からスタートしました。 合計時間:5時間30分 概要:文法事項の総復習。 感想:初期コストと言う事で、多めに時間を割いてみました。 現実では、ホワイトボードに時間を記録しています。 面白かった表現: Is that a gun? …ウン。それは分かろう?例えばだけどさ? Yes, it is.(Bang!!) …。 …ウン。 That's life.(人生なんてそんなもんさ) See you later.
2009/04/23 23:30 底の浅い僕が勝手に名言を作ってみた
私が恐れるのは夢を喰う獏よりも 人を喰らう夢そのものなのです。 --砂塵-- …で? それでは。
2009/04/22 23:30 重力装置が欲しいのですパート3
どうも、砂塵です。 重力をテーマに文章の印象の違いに迫る本シリーズ。早くも第3弾です。 今回は今までの記事に関連する先行研究について書こうかと思ったのですが大して面白くなかったので別の機会にしたいと思います。 さて、早速ですが物語を綴っていきます。 コンセプトは後で。
それを淘汰としたとして 日焼けした紙束に電子機器、そして、それの部品が散乱する雑多な室内にアールグレイの香りが漂う。その中で私と彼がゼミで用いられる大机を挟んで向き合う。 彼は不機嫌そうな表情で乱暴に言葉を発する。それらにどれ程も意味が無い事は良く知っていたので黙って聞き流した。 彼は一通りの憤りを伝え終えると頭を掻いて、急に話を切り替えた。 彼は『親が育児放棄により子を殺す』事について私に意見を求めて来た。恐らく今日の新聞の記事にでも掲載されていたのだろう。私はそれが何になるのかと思いつつも正常な会話の要素となると考え、答える事にする。 「至極当然の事と思うけど」 反問される。 「それを淘汰と呼ぶのじゃない?満足に子孫を育てられない様な遺伝子が後世に残る事自体が本来であれば異常とも言えるのではない?」 この国は医療が発達し多くの命が救われる事となった。その弊害として本来であれば淘汰されていたであろう数々の遺伝子が残った。正直な話「生まれて来なきゃ良かったのか」という問いに対しては私としては肯定せざるを得ない。唯、生き残った者に対して「死ね」と言う事が倫理的に大きな問題を抱えているので普段はこの国の住民として建前を前面に押し出しているというだけの事である。 この答えに対して彼は逆境から生まれる優秀な遺伝子の存在を用いて反論する。 「突然変異を起した優秀な遺伝子のためにそれ以上の異常な遺伝子が必要かしら?」 そもそも、それはその遺伝子が目立つというだけであって突然変異という程に大袈裟ではないだろう。可能性が零とは言い切れないが人類は既に十分繁殖している。此れ以上のリスクを負う必要があるのかは甚だ疑問である。 それに、逆境を持った人間に人間が抱く感情は大体が判官贔屓ではないのだろうか? 自らを磨くのではなく他者を見下し揶揄する事で溜飲を下げるという事は凡庸な遺伝子の伝統芸ではないか。 正常な人間が努力する事を「良い子ぶり」と呼び、不良が努力する事を「立派」と呼ぶのはどういう事なのかを考えてみれば理解し難い問題ではないと言う事が分かる筈である。 それを聞いた彼の言葉は非常に短かった。 彼らしい短くも適切な指摘に瞠目する。 「そうね、唯、それらと同様に容易ではないの、私にとっても」 彼はそれを聞くと頷いてから少し温度の下がった紅茶を一気に飲み干した。そして、研究室の扉を親指で示す。 私は頷きもせずに黙って立ち上がった。
それを問うたとしたとして ダルい。なんでオレが。 カップをソイツの目の前に置く。 「ったく…これぐらい自分でやれよ!」 オレの腹立ちをコトバにしてみるが聞いちゃいない。 いつもの事だ。気にしちゃいない。 「そういやぁ、また育児ホーキでガキが死んだらしいぜ。ひでえ世の中だな」 テキトーなことをテキトーにしゃべる。会話なんてそんなもんだ。 でもソイツはマジメでシンコクでオーゲサな奴だ。 だからトーゼンだと言う。 だからトータがどーだとか言いやがる。 ようは勝手に死ねっつーコトだ。 それに対してオレは「あっ?」と「元ヤンキーとかどーなんだよ?」。 でもソイツは話が長くてメンドーなヤツだから良くしゃべる。 ようはだれかを見下してえ。 テメエよりスゲーやつはちょいムカつくっつーコト。 ンなコトよりだ。 ようは死ぬはずだったヤツは死ぬべきだって思ってるワケだ。 ようはこーいうこと。 「死ねば良かったってか?」 ソイツは紅茶をすすってから言いやがった。 生まれちまったもんはしょうがねえと。 死に損なっちまったもんはしょうがねえと。 オレは知ってる。 ソイツも知ってる。 この茶番の意味を知ってる。 ソイツはテメエのことを言ってやがるってコト。 オレがソイツのことを言ってやがるってコト。 オレは知ってる。 ソイツがその死に損ないだってコト。 知ったこっちゃないが。 オレは知ってる。
ハイ、ちょっと長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか? 今回のテーマは「完全な自己視点」です。 例えば一人称的な視点から見た物語でも他者の台詞の多くは正確に書かれます。 その結果、思考の違う人の世界観に様々な種類の価値観が混ざる事になるのが普通です。 しかし、今回は出来る限り世界観を別々にしたいという思惑があるためそれができません。後半の方に「判官贔屓」などという四文字熟語は相応しくないでしょう。 そこで、「どうせ人が理解するのは解釈した後の言葉だろ」という事を考え、それぞれの世界観の中でその返答をさせてみました。 僕の持論に「言葉は常に他人のためにある」というものがあるのですがそれを表現した姿となるのでしょうか。 まあ、僕自身が若すぎるのがあってテーマ自体に深みが出ないのが悩ましいところですが思惑を持って書かないよりは幾らかとマシなのではと思います。 最近、この様に文章を書く様になり、自分のバックボーン、背景的にも信念的にも「薄っぺらいなぁ」と思うようになってきました。 正直、あと10年早いですよ。 僕の年齢では所詮、書籍からの「知識」が経験の大半です。 しかし、真に深みがあり面白い題材とはそういった「誰かが書いたもの」ではなく自分の「一意的な経験」から来る物だと思います。 それには長く生きなければいけませんし、行動し続けなくてはいけません。 勿論、様々な物語の礎となった名著はありますがあくまでエッセンスです。 エラリー・クイーンやアガサ・クリスティーを読んで短兵急に、 「今日からボク、ショーセツ家!」とはいかないでしょう。 最近、記法に関する事を書いていますが、そこにばかり目が行ってしまい本質を見失う。 そういった本末転倒には陥りたくないものです。 …あっ。念を押しておきますが僕はエンジニア職が将来の職種であって、小説家にはならないですよ。 さて、本日はここまで。 それでは。
2009/04/18 23:30 重力装置が欲しいのですパート2
どうも、砂塵です。 今回も練習がてらに文章の重さを意識して物語を書いてみたいと思います。 今回は語の長さや単語の特殊性を用いて重力を操作していきます。 人物は前回を踏襲するものとします。Copy Right Sazin Since 2008
隗より始めよ 世の中に有象無象が犇く様に紙面が図形と記号で溢れ夫々に自己主張をしている。無機的であるそれらが形成する有機は機械へ命を吹き込む種となる。 私は今、学会に向けて黙々と実験用プログラムの設計を続けている。面倒ではあるが隗より始めなければ今後の工程に支障を来たすため仕方が無いのである。 「流石に…」 疲労の余りに零れたその言葉を聞いている者は誰も居ない。強いて言うのであれば物しか無い。私は目頭を軽く抓むとそのまま椅子の背凭れへと背を預けた。椅子の背凭れは非常に低く頭部は後方へと流れる。 流れた視線の先、其処には顔があった。鮮やかな赤いパーカーを着込み大きめのズボンを穿いた男の顔。それは私の良く知る人物だった。
怪より始めよ ソイツは逆さのカオして俺をじっとにらみつけやがる。 オレもテキトーににらみ返してみるけど別に意味はねえ。 「こーちゃ」 「こーちゃ?」 「こーちゃ!」 イヤだね。オレはしばらくその逆さのカオとにらめっこ。 けど、すぐメンドーになっちまう。 性分、仕方ねえ。 「わーったよ!ジョーオーサマ!オジョーサマ!!淹れりゃいーんだろ!?」 逆さのカオはそのまんまで笑いやがる。 ジョーダンじゃねえよ。 いっつも顔色一つ変えねークセに。 笑うなよ。 逆さのカオのクセに。 にらめよ。 そうしねーとなんなとなくだけどよ。 なんとなくだけどよ。 …それで良いような気がしちまうだろ。
今回は会話文に見るセンテンスの短さとそれによる印象の違いです。 後半は全体的に見ると一行の長さ、句読点までの長さが非常に短く書いてある訳です。 いかがでしたでしょうか? 特徴としては会話文の場合、詳細な記述が無くても文脈によって内容が補完される部分でしょう。 「こーちゃのやり取り」は一語文の典型例ですが印象としても可愛らしい雰囲気が出るので僕は好きです。 と言うか今回はこのやり取りが書きたくて何となく書いた向きがあるくらいでしょうか。 今度は屋外での描写に見る重力装置をやってみたいなぁとか勝手に思ってたり。 ネタが出来たらだけども。 じゃあ、本日はこの辺りで。 それでは。