大内宿高倉神社の「半夏祭」
2006年7月2日(日)
福島県南会津郡下郷町
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| 大内宿の高倉神社の「半夏まつり」は、毎年7月2日に実施されている。 雨が心配された半夏祭。しかし、毎年必ず好天に恵まれというだけあって、今年も、天は祭を盛り上げようと、雨粒を落とさなかった。 |
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| 御手洗場の杉垣。 神社の前は、綺麗に清められ、飾り付けが行われていた。 |
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| この祭のためのものか、定かではない、奉納品が神社を守っていた。 | |
| 幟も立てられ、祭を待つばかり。 | |
| 地蔵さまも着飾られていた。 | |
| 祭の一行を向かえる各所で、膳の用意が整っていた。 | |
| 縁側に飾られた、さるぼぼ(この地区でどう呼ぶのかは知らない。) | |
| 国の伝統的建造物群保存地区に選定されている大内宿。 祭見物の観光客も大勢訪れていた。 |
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| 高台から大内宿全体を見る。 江戸時代の宿場の面影を今もそのままに残した貴重な村。 街道は会津西街道または南山通りと呼ばれ、 会津若松と日光今市を結ぶ重要な道。 今も、約40軒の茅葺屋根の家々が立ち並ぶ貴重な文化財です |
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| 御神霊の遷座された神輿を中心に渡御の列が宿内に入る。 祭のクライマックスである。 |
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| 先頭を努めるのは、天狗。 | |
| 古式ゆかしい、衣装に身をまとい、草鞋履きの一行が進む。 | |
| 鳴り物が続くが、どことなく雅。どちらかというと静かに進む。 | |
| 御神霊の遷座された神輿。 | |
| 7月2日の半夏の日に行われる高倉神社の祭礼。渡御の行列は数百年間変わっていない。 | |
| 高倉神社は、治承四年(1180)宇治川の戦いに敗れ、都落ちし、大内まで辿りついた高倉宮以仁王を祀った神社。 |
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| 神社は、集落西側にあり、地区の最高鎮守である。 なお、宮の後を追ってこの地で倒れられた櫻木姫も、病の回復を願ってこの水で喉を潤したと伝えられ、川をはさんだ向こう岸には姫の墓標も残っている。 |
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| 白装束に黒烏帽子(えぼし)姿の担ぎ手 | |
| 雅な渡御も、現在では、カメラ付き携帯でパチリ。 かく言う私も、撮影はデジカメ。 |
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| 太鼓屋台。 若衆や稚子によって引き回される。 |
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| 屋台では太鼓と笛が演奏される。 | |
| 御神楽と呼ばれる化粧をした屋台役者(男性)が演奏する | |
| 優雅にそしてリズミカルに。 | |
| お休みどころではどぶろくがふるまわれる。 |