はーい、はいはいはい
それが醍醐味、旅の麻薬性6月

発情経由トップ行き

----6/28
宇宙サービス告知●

 2006/7/4(火)
 ラウンジサウンズ
 at Voodoo Lounge 福岡市中央区天神3−2−13 天神センターBLD.3F
 共演)ポーチソングス(聡文三)/A FREETER/マクマナマン/僕のペーソス
 「宇宙サービスが見られるのはラウンジサウンズだけ!」な勢いの4度目オファーはマクマナマン・文三さんと今まで対バンした好敵手ぞろい!四度目だけに、思いっきり悪球を投げる覚悟で挑みます!あとメタルブラックが下のゲーセンに残ってたら、開演前に実演プレイ+寄席を見せます。
 
ラウンジサウンズ・INFO 地図

 今度の宇宙サービスは2人でまあ、テトラでこうやりゃよかったのか、と思ってみたよ、って感じでやります。昨日ラウンジサウンズに行って色々と再確認というか客視点での下見が出来たので、色々と考えてがんばります、色々と。ところで一回、本気で全部ブルースで持ち時間30分ってのをやりたいんですが、次ラウンジサウンズ呼ばれたらやろうかなあ。


スパム対策●

 まず店の人に「スパム苦手です」と事前に申し立ててみる。

 せっかく頼んだランチのサラダの中にスパムが入っていたら、気分は台無しですね。そこでこのスパム対策を使用することによりかなりのスパムがシャットダウンできることと思います。

 という文章を考えたのはいいんだが、どこにも使い道がないことがわかったのでここに書き散らした上永久に恥を晒しておきます。

----6/25
ドーピング●
 最近なぜか「魔人探偵脳噛ネウロ」を一気読み。
 で、この前妹の子供がやってきたとき
 「ドーピングコンソメスープだ!」
 で盛り上がった。

 一番下の子が卵豆腐をぐちゃぐちゃにして食べてたので
 「ドーピングたまご豆腐だ!」
 ソーダアイス食いながら
 「ドーピングソーダアイスだ!」

 この子達はウチラ兄弟の血が流れてると再認識したよ、したとも。しかもわざわざ「注入」とか言ってやがったよ、子供。すでにその年でマニアックだ!


 いや、この漫画博多南線で拾った最近のジャンプ見てて、一番頭に残った漫画だったのですよ。これは子供のトラウマになるいい作品ですねえ。ディビッド・ライスの納豆のシーンの執拗な描き込みは作者の意地悪さを象徴してスゲー素敵。数年後に青年誌辺りで、さらに心にスゲー嫌なものを残す名作を発表しそうです。
----6/24
テトラとドラムと時々外国人●

 いやー、昨日はいいライブだった。

 (セットリスト)

  OP アナーキー・イン・ザ・般若心経
 1 starfish
 2 ダカラナニ?
 3 ブルース
 4 サッチモ(新曲)
 5 ボブスレー
 6 いい大人

 こういう空間で芝居したよなあ・・・って空間だったのでやりたい放題やらせていただきました。そう、何かギガ時代の、手当たり次第にバカなことをやれてた舞台上の自分が蘇ってたなあ。さ、これで7/4までテンションはバッチりだ。雨は去った、後は前進あるのみ。

 あ、そうそう「サッチモ」はライブ曲に格上げされました(苦笑)。

 セッションではパソコンノイズだけでは飽きたらない!とばかりに鍋持って行って踊った踊った。自分は正直「HARAKIRI」っぽい?とか思ってやってましたが結果的にいいとこもってったとか言われました。まあ、でもノイズの人がもう一方いたし、あれは正解でしょう。HARAKIRIというのは時たまラウンジサウンズに登場する世界中でパフォーマンスをするユニットです。すげえぞ。

 終わったあと打ち上げで、名前忘れたけどイギリスの人に「仁義なき戦い」の話を振られたので「前期必殺」についてレクチャーしたりしました。いい夜だった。いい場所だなあ、テトラ。

----6/21
わりと真面目に考察してみる、福岡サブカルチャーと「パオーン」(2)●

 ネタ番組のフォーマットでやってるんだもの。そりゃあ、客は育てなきゃダメじゃない。

 いま、後番組「3P」を振り返ってみると、そういう言葉しか出てこない。そりゃあパオーンはバブル絶頂期で、イベントに協賛企業もいっぱいついた時代とは違って、イベントやってリスナーに触れてお客さんに金を掛けられる時代は終わったなあだなんて思うこともありますがね。

 パオーンの双方向性の、何が優れていたかという部分を、わけありベストテンというコーナーに絞って記述してみる。

 基本的にこの番組は「リスナーが投稿していた楽曲をランクインさせて、ベストテン形式で競わせる。」年間を通じて5〜8週残っていたら年末、年間ライブに出演依頼のご招待というリスナーにとっては「栄誉」が与えられる。

 ただし楽曲は、コミック的なもの、ナンセンスなもの。しかし、どんな手を使っても構わない、カセットテープで録音された自分の作品であれば!

 ここで大事なのが、作り手によるこの番組への「意識の高さ」。一応リクエスト葉書の票数はカウントされていたが、有名無実であった部分が局側の良心だったように思われる。参加型のこういう音楽番組は「組織票もしくは派閥化による崩壊」や「レベルが極端に上がるもしくは下がる事による参加不可能型への変貌」になりがちで、おおよそ受け手側の肥大化がそれらを招くことが多い。しかし、その兆候は何度かは見せたものの結局6年にわたりクオリティを「素人でも安心して出せるバカ音楽番組」に保ったのは驚嘆に値する。

 そのようにしてリスナーにこの番組の手綱を握らせない一方で、、彼らは意識的になのかよく「スター」を作りたがった。この番組には数々の「スター」がいて、一例を挙げると年間ベストテン出演で女装、それをネタに次の年の年間一位まで獲得したおかまアイドル・水沢和美という存在はその真骨頂だろう。彼を育てたのはもちろん番組スタッフの力が大きいと思う。並みの番組ではあんなふうにムーブメントっぽいことは起こせないだろうよ。久しぶりに当時の放送を聴くと、彼の曲、芸風へのコメントは非常に確信犯的にやってるなあというのがわかって興味深い。

 そうやって玄人的な替え歌やオリジナルソングを作る多数の職人を育て上げつつも、常に彼らは意外性を求めていて、そして常に「次」の育成に余念がなかった感があるパオーンに、そういった「面白いことをやろう」と思っている人材が集まらないわけないじゃない。最後の年にとうとう現れなかった幻の年間1位の「いなりパート2」のオープニングのギター、やったら上手い「鏡の中のマリオネット」のイントロのリフでなあ…。

 パオーンは確かに、福岡のサブカルチャーを語る上でその時点では多分、避けて通れなかった存在になったかもしれない。お笑い寄席文化がなく、そこに集まった人間をメディア的に動かす受け皿がない福岡の風土的実情、そういったエンターテイメントが音楽的サブカルチャー、いわゆる「めんたいロック」などと結びつく線はおろか点すらない実情。音楽、演劇とやってきていてあきれ返るほどその人種に「パオーン聴いてた」というレスポンスが返って来ない現実。あれはきっと、さまざまな理由でそこにたくさんの人が集まっているだけに過ぎない、それに番組という形で居場所を作ってやれていたに過ぎない、その奇跡のバランスの上に成り立っていた、毎日続くお祭り。

 そしてその頭上に、ついに大雨は降ってきた。


わりと真面目に考察してみる、福岡サブカルチャーと「パオーン」(3)●

 思えば間違いなく「パオ〜ン」は、一般人をも巻き込んだ形での「オタクの王国」ではなかったか。

 それを裏付ける背景として当時、夕方に放送していたKBCテレビの必殺シリーズ・特撮番組の再放送のマニアック性、それとリンクした形の「帰ってきたNEW WAVE ヒーロー」のコーナーの存在。この二つは当時の福岡のオタクにとっては必見・必聴のものであった記憶がある。

 このコーナー群がどう企画されていったか、などの作り手サイドの情報は全く持ち合わせておらず、自分も遠距離リスナーとしてたまにしかわけありベストテン以外は聞かなかったことがあって資料不足な感は否めないのですが、少なくとも当時の福岡のオタク層には「これを聴いとかなきゃ始まらない」みたいな気質があったのは確か。さらにバランスがよかったのは、作り手がその辺に無頓着が故か、意識的にオミットしたのかは知らないけれど、オタク的志向をあからさまにわかる形で出すことは嫌っていたが、作り手自身が十分にオタク性に富んでいたことだろう。

 秋葉原、ビッグサイトの祭といった絶対的な聖地を持たず、それらをまとめる受け皿になるべきコミック系のイベントも小規模であった福岡において、このことは大きかった。事実、某常連は福岡のそういった場所での地位を持っていたらしいが、その彼が肩書きとして重きを置いていたのは「パオ〜ン常連」のほうだったらしい。

 また、本来ならばそういった嗜好の人種はマイノリティとして扱われるのに対し番組内では、ネタ番組という特性ゆえきわめて優位に立つ、もしくは立てるかもしれないという自己投影による満足を得る、みたいな空間に化していた。それが(2)で書いた「リスナーをスターに仕上げる優れた手腕」であり、多くの番組や雑誌、今で言えばインターネットの掲示板にまでいたる双方向性コンテンツが踏み誤る危険な手法を巧みに操っていた、この番組の妙である。

 そしてその番組が、マジョリティの人間を多大に巻き込んで熱狂していた事実。オタクの王国でもあり、それは誰をもくることを拒まない聖地。その王国の祭りに降ってきた雨。それは局の大規模な改変と、メインパーソナリティ・沢田幸二の「潔すぎる引き際」だった。


わりと真面目に考察してみる、福岡サブカルチャーと「パオーン」(4)●

 僕が歩いたのは間違いなく、サブカルの荒野だった。

 進学で、長崎から福岡へと戻ってきたとき。「パオーン」はすでに後番組になっていた。ミニコミ誌をやるためにこの「テープに曲を吹き込めば何でもありの表現者」的な憧れの場所に常連という形で一員になり、以降この番組のサークルを作った。いざゆかん、サブカルチャーの肥沃な大地へと…という目論見とは裏腹に、次の番組はオタク的な指向に理解を示さない。むしろ嫌悪すらするスタンスでありながらそれでいて、ネタ番組としてのフォーマットは崩せない。偉大すぎたのだ、前番組の残したそれは。そんな居心地の悪い居場所で自分はずっと粘った。時に聞くに堪えない暴言や、やっぱりそういう場所に集まるようなお似合いの蛾のような連中とやりあいながらも、何とか最期まで看取った。最期を迎えたとき、自分の居場所は消えた。

 以降、演劇、バンド。数少ないオアシスをさまよいながら、この街のサブカルチャーの砂漠をうろついた。ネットがなかったら、きっと僕は全てをあきらめていたに違いない。ネットに励まされながら、いろんなオアシスを求めた。いま、たどり着いているオアシスも、そんなに大きくはない。いつかは枯れるか、いたたまれなくなって去るかするかもしれない。そのオアシスが抱えている全ての場所において「取り上げるメディアの受け皿がなさ過ぎる」「福岡マスメディアの貧弱さ」がアキレス腱になっている。そして何よりサブカル側の自分たちにとって「双方向的に魅力的なメディア」があまりにもない。なさすぎるのだ。

 はっきり書くと「パオーン」は失敗なのだ。

 福岡で面白いことをやって、それをやれる土壌を作り損ねてしまった。あのでっかいオアシスを、自らの手で枯らしてしまったのだ。・・・でもね、それは本人たちは望んでいなかったのだから、仕方がないと思う。自分が怨念を抱いていても、別に本当にそれに対してどうとか思うことはないのは、そうやって割り切ってるからだろうし、なによりもし、そう進んでいたとしてもあの「失われた10年」の影響で、パオーンの歴史はどす黒くなっていただろうと安易に想像がつくのだ。だから、そのことは別にいい。

 でもね。

 いま、福岡にて昼に同じタイトルでやっている番組は、その先の延長線上にも、そのとき進むべきであった道の幻想ですらない。あの時と同じでいれたらいいね、という時間を止めた発想の番組に過ぎない気がする。あえてそちらへ進まなかったのではなく、「躊躇したんだ、あーあ」って気分にさせられるのだ。

 きっと、ずっと抱いている自分のやるかたない気持ちはそれなんだな。

----6/20
わりと真面目に考察してみる、福岡サブカルチャーと「パオーン」(1)●

 自分がこの年になってもこういった活動をやっていることはある意味怨念、そして執念だろう、とふと思う。なぜそういえるかと言っても振り返って見ると確証はなく、しかも怨念を抱く相手というのもこれといって本気で「人生を捻じ曲げられた」だのといった呪詛の言葉も沸いてこない。何せそれは自分の中にある「何か」に向かって発しているのだから。じゃあ何かって何だろう?それがわかったら苦労しないだろ、っていうかここまで長々とイントロダクションにしないだろ!

 てな訳でそのおそらく「何か」のことについて記述してみます。これがその何かのことかどうか、確証は持てないのですが。まあ、何回かに分けてまとめるうちにそうなるかもしれないし、「ごめーん、別のだったわ!」ってなるかもしれないけどね。

 東京でこの前ライブして、軽々「自分を受け入れてくれる人」が30人以上集まったりとか、福岡でやった堕天使で結構色々と「モロオタクじゃないけれどそういったものを受け入れる気質の人」が集まってるところだけで告知を打ってその方向では動員惨敗、みたいなことがあって、単純に「数の問題なのか?そうなのか?」とか思って落ち込んでたことがあったんですが、そういうマイノリティーな人間サロンが比較的容易に出来やすいコミュニティーが昔、福岡にはあったよな?というか、ある時期を境に福岡はダメだ、といわれるようになった気が?

 それがひょっとしたら「パオーン ぼくらラジオ異星人」の存在とその終焉ではなかったか?

 ここまで書いてみた。うわあ、色々筋道立てて書きたいけどこれ、大河ものの文章量になるよ、絶対。大筋でいうとこうで、「サブカルチャーの発信元を担っていた側面」「ラジオという双方向性の中で、客を育てるという当たり前のことにあんまりにも長けていた側面」「あんまりにも奇跡のような高水準が、後番組をなし崩しにしていった側面」「見えない大きな受け皿を失った福岡サブカルチャーのその後」って感じで文章になると思うんだけど、今日は頭が回らないや、っていうより、どれからどう手をつけるか考えます。

----6/17
アクセス解析による検索ワード大賞・五月期●

 このブログにどんな検索ワードでやってきたかわかる、アクセス解析結果一覧を眺めていて突発的に思いつきました。毎月やってみようと思います。

 5月の大賞は「ふえるワカメ ゲーム」
 いったい何が検索したかったのか、素で突っ込みたくなるナイス検索ワードです。自分も検索してみましたが結果は一貫性のないコンテンツが並び、まったくもって目的の糸口が判然としません。

 以降は気になったものを一言二言。

「くわだたツマミ」 
思いっきり間違えてます。

「隠れオタク 生活」
この前ライブ告知に「福岡発秋葉系テクノユニット」って書かれるくらいなので全然、隠れてません。

「ホットショット ライトセーバー」
「フセイン ホットショット2」
「死ぬまで殺してやる」
「犬と融合」

この4名のみなさんとは「DVD版の吹き替え台詞が納得いかない、あそこは『戦争って、ファ〜ンタスティック!』だろ!あと『だが!』って言わない大統領は認めない!」って話で盛り上がれると思います。

「球七 萌え」
うちの彼女(ドンの字)は球三郎様です。ボクは断然バロンです。

----6/16
仕業人更新●

放映リスト1更新。

 この何日かは確かに落ち込んでいて、みくしの日記には相当弱音吐いたりしたんだが、その裏でこんなことやってるわけだから俺ってたいしたもんだ。本当に馬鹿だ、俺は。

 で、久々の仕業人ですが、今回は動かしやすいキャラが多くて楽しい(苦笑)!このコーナーは妄想をいかに寒くない方向に着地できるか、が鍵なので非常に難易度が高いはずなんだけどなあ。本当に捨さんスポさんスゲー、スゲー!神だよ!


孤独な戦い●
 http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/bus/1142042926/l50

 なんとなく発見。これは何というか、凄い。
 ひとりのバス会社の関係者なのか何なのかわからない男が本気で、福岡市中心部をバスで埋め尽くそうと夢見る童話…なのか?

 明らかに間違った方向に向かう孤高の勇者の、そして孤独な戦いはいつまで続くんだろうか。っていうか勇者というより明らかにレッドゾーンぶっちぎっちゃってるんだけど。

 ちなみに、福岡天神の渋滞はバスがいなくなる夜中にはおさまります(苦笑)。
 夜だけだよ?スクーターで渡辺通り通って帰れるの。
----6/13
6〜7月宇宙サービスライブ告知●

 2006/6/23(金)
 at art space tetra  福岡市博多区須崎町 2-15  1000円
 共演)山内桂(サックス奏者)/敵国音楽/山崎壱彦

  「ライバルは歌ってるときの亀田兄弟」とも称されるテクノ歌謡ユニット宇宙サービスがなぜかアートな空間に登場。「常にアウエー」が身上のうちらの渾身の7色の変化球は果たしてストライクゾーンに入るのか!?共演はみんな素敵なので、ぜひ癒されに行く感じで来るとよろしいかも。場所はリバレイン裏。

 2006/7/4(火)
 ラウンジサウンズ
 at Voodoo Lounge 福岡市中央区天神3−2−13 天神センターBLD.3F  1000円
ワンドリンクオーダー
 共演)ポーチソングス(聡文三)/A FREETER/マクマナマン/僕のペーソス

 「宇宙サービスが見られるのはラウンジサウンズだけ!」な勢いの4度目オファーはマクマナマン・文三さんと今まで対バンした好敵手ぞろい!四度目だけに、思いっきり悪球を投げる覚悟で挑みます!あとメタルブラックが下のゲーセンに残ってたら、開演前に実演プレイ+寄席を見せます。

 両方とも思うところあって、の部分をぶっつけにかかります。必死に今はその思うところを形にしていてもやっとしている最中。


プロファイルの怖い話●

 最近の秋田県のやりきれない殺人事件の、報道っぷりを見て凄く思うことがある。

 そもそもプロファイル、心理分析といったものは精神科医や教職、捜査官といった、心理分析を業務上で用いなくてはならない人々のためのものではないのかという話。教職をとるために、心理学の基礎を大学で履修した人々なら分かるかもしれないのだが、いたずらに真実を暴くことは非常に暴力的で危険な行為ということを学ぶはずだ。

 この事件の報道っぷりは見ていると、プロファイルを悪用して、いじめにすら使っているような印象さえ受ける。そしてそういう報道に動かされて、ネットではにわかプロファイルがうじゃうじゃと。一番恐れるのは、素人が日常で普通の人間関係においてそれを扱うことでしょう。見えない拳銃を持って発砲しまくるようなものって事に早く気付いて欲しいもんです。人間どっかしらに逃げ場を用意してあげないとどうなるかわからないものなのですが、心理分析やプロファイルを使うことはその最終的な逃げ場をつぶすことにしかならんと思うのです。心はどんな人間でも、絶対的(あんまり依り過ぎると危ないけどね)な逃げ場なわけで。

 この事件は真実を暴いたとして、誰が救われるのか?もう、誰が犯人であったとしてもその真実は小さな記事でそっと書いてやって欲しい、と切に思う。


うたブログに触発・新曲を思いついた●
「サッチモ」
 アッダドゥ ヴェ〜リダゥビドゥ
 ノゥビドゥダ ヴァ〜ミシュゥウエイ

 ヴェ〜グダリシュトゥ
 ノゥヴァミシュ〜 ウェイ ウェイ

 (台詞)
 「サッチモは改造人間である。彼は、ちっちゃいからバナナが半分しか食べられない上自分の事をサッチモっていうらしいが別におかしくない。不愉快だ。帰るぞ中川、車を出せ!」

 アッダドゥ ヴェ〜リダゥビドゥ
 アゥダヴェリアドゥ ヴァ〜ミシュゥウエイ

 ヴェ〜グダリシュトゥ
 ノゥヴァミシュ〜 ウェイ ウェイ

 ヴェ〜ノゥヴァミシュ〜 ウェイ ウェイ
 ヴォ〜アノゥヴァミシュ〜 ウェイ ウェイ

 (ドラ)

 …がんばって作曲しよう!
----6/8
笑いを、文章にのせる難しさ●

 ここんとこ実は不調です。

 ちょうど、サイトで必殺仕業人シリーズというパロディサイトをやっていて、今準備をしているのですが、自分の積み上げてきたお笑い文章の技術の切れ味がどうも鈍ってる感がするのです。

 先週まで宇宙サービスライブ4本抱えてて、放出しすぎたからかな?だがしかしライブはあれはあれで、得るものも多かったりするからなあ。ただ昔みたく、素の自分を放出するのは文章だけ、だった時代とはいささか事情が変わってきてるのも事実。ラジオもやってるしね。

 笑いを、文章にエッセンスとして自分がどう盛り込んできていたのか。ちょっとこれから改めて、自分と向き合って考えねばなあ、と思います。読者も、時代も、何もかも変わっている中で変わらないものを作るのは何と難しいことか。一番変化するのは自分そのものなんだなあ。

----6/4
ステレオタイプ!ステレオタイプじゃないか!●

 ドンの字と車でランデブー(嫌表現)中、踏切のある交差点を左折し踏切側に進入しようとしたら、その路側帯にあたる部分に自転車が。

 自転車をこぐその人影を見ると、おかもちを持つ要領で、生卵を運んでいるじゃないか!

 まさに「絶対に転んではいけない人」ですが、私は自動車普通免許を持って10年この方、この人ほどあたかも植田まさしの漫画に登場するような、はたまたドリフのコントに出てくるようなステレオタイプの「転んでしまってはいけない通行人」は初めて見ました。

 くしくもそこは、自分が免許をとる為に通った自動車学校のすぐそばだったのが奇妙な因縁を・・・覚えないよ!


メーメーメー5月

モーモーモー4月

ブーブーシャーシャー3月