人道的行動予言者
可笑しくもあり悲しすぎる結末11月

トップノンちゃん

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近況●
 強気でもなく、弱気でもなく。
 上手いこといかないときにはあまり動かない、いや動けない。

 できる事からこつこつ進めようと思って宇宙サービスのオケの総点検をしています。あと12/27の練習とか。オファーがあることには全力を傾けなくては、何がなくとも。

 最近文章書いてもなんか暗い話ばかり書いてしまうのですが、病んでるのかなあ。宇宙サービスの歌詞はやってることに反してダウナーなんだけれど、本性はわりとそっちですから。

 そういや2〜3曲新曲が出来たけど歌詞がまとまらないです。やっぱり暗くなりそうなので、必死にバカ歌詞を捻出中。「あんなことがあったばっかしだから」からいい加減立ち直らなきゃいけないんだけれど、自分の中からエネルギーが生まれなくて苦労してます。
 「甘えるな」などのきつい言葉をまだ額面どおりに受け止めてしまうくらい、ダメージが残ってるのがキツイ。それが自分で分析できていても辛いってのはどういうことなんだろうか…。

 あ、そういや芸能通(http://dohke.at.infoseek.co.jp/)5周年企画、参加した方覗いてくださった皆様本当にありがとうございました。暗いことを考えつつ、おバカなことをやれるからこそなんとかヘトヘトになって生きてます。まだなんとかやれるかしら。そう信じたい。

 そうそう堕天使のアレのために某ゲームの特訓もしています。

サラマンダ・イン天神●
 天神にチラシ関係を撒きに。
 Voodooの下にはナイスなゲーセンがあって、いつもグラツーやらメタルブラックやらイメージファイトやらダライアス外伝やら(※こっから先は俺の希望)A−JAXやらトリオザパンチやらベラボーマンでライブに来たという目的をすっかり忘れさせてくれる素敵なゲーセンがあるんですが、ここにサラマンダが入ってました。

 店員の人に「いつまで入ってますか?」と聞いた。
 「人気次第です」って答えが返ってきた。

 ラウンジサウンズ行く際にはがんばって俺、インカムに協力する!するってば!
 思えば自分のゲーセンデビューはサラマンダの先の面見たさでした。

 (写真はその真上で行われたライブの模様)
----11/26
軽く言ってくれるじゃんか●

 この一ヶ月でいっぱいになった、もやっとした気持ちをようやく言葉にまとめられそうな気がする。

 「いじめで自殺するやつなんて、とっとと死ねばいいやんw」
 こんな文章をいくつ見たかなあ。

 1/9のオファーで対バンするという東京の大物ミュージシャンの名前を聞いて、実は自分ははっとした。
 もう、その頃からネットで日記を書いているからその跡を辿ることが出来る。

http://www3.coara.or.jp/~azy/2002_2nikki.html(2/11)
http://www3.coara.or.jp/~azy/2003_3nikki.html(3/16)
http://www3.coara.or.jp/~azy/2004_3nikki.html(3/16)

 昔、芝居始める前のバンドだから『シンセパワー』のときだ。対バンしていたミュージシャンに、ソフトバレエを愛する一人テクノロック、という男がいた。ステージにオブジェを置いたり、黒いタイツのような衣装で登場したりと非常に意欲的な男だったのだが、彼は致命的にボーカルが下手な人だった。
 だが、常に意欲は前のめり。実は自分は4年前にもネットラジオを不定期でやっていたのだが、そこで掛けてくれと音源を貰ったこともあった。やっぱり下手で、とてもかけられるものじゃなかった記憶がある。

 しかしそのあふれる意欲と野心は、奇跡を生む。
 どういう経緯かは知らないが、東京で活躍するミュージシャンに呼ばれ、彼は東京でライブすることが決定したのだ!

 俺は彼が嫌いだ。
 だが、その結果には、ただ敬意を表したかった。
 けれどもそのライブは果たされることなく終わった。

 東京ライブの話なんかを日記で書いているものかと思い、半年くらいたって覗いた彼のホームページには、友人からの書き込みで彼の、3ヶ月前の訃報が記されていた。
 彼の個人ページの最後に近い日記には病んだようなことが綴られ、その後帰郷。その直後に事故で亡くなったという話だった。
 亡くなったのは、予定されていたライブの一ヶ月前。
 ライブは果たせなかったのだ。

 この死は、忘れようにも忘れられない。
 初めて自分のほど近くで起こった「報われない死」だったから。
 今度、そのミュージシャンに尋ねてみたいと思う。
 もし彼のことをそのミュージシャンが覚えてくれていたら、少しは報われていたのかな、と思う。

 つい先日、全く同じように起こったキヨシさんのあっけなく、残酷としか思えないタイミングで迎えた死。
 死は望もうが望むまいが、結果はただ残酷。
 簡単に人に死ねというやつにも平等に、残酷に降りかかる。
 もちろん、自分にもいつか、だ。

 だから死ねだのと、口が裂けても軽くなんて言えない。それでももし言えるというのならば、自分にはこの二の句しか言えない。きっと身近の死を経験して、わかるときが来る。

 それだのに「弱いやつは死ね」と平気で煽るいい大人たちを幾人も見るにつけ、あの彼の死に心を痛めている自分のほうが間違ってるのか?と思うと、なんだか挫けそうになります。


 余談
 彼のホームページは4年経った今も、現存している。
 掲示板には彼の友人からの書き込みが絶えていなかったが、コメントスパム爆撃によって使用不可能状態に陥っている。
 本当に、コメントスパムなど人間の屑の所業だ。

----11/25
バスの墓場●
 昨日、ちょっとまあふらりと大川〜柳川へ。
 バス停写真を撮るのが趣味だが、この二つの市はバスの墓場なのだ。
 何せ、道が異様に狭い上、漁村と農村の中間のような集落なのでなので道路が拡幅できない。港町は道ギリギリ、というか建蔽率という単語、何それ?って感じで建物が建ってるものなのです。
 そんなわけで道が狭すぎて廃止になった(と思われる)弁天線や狭いのにもかかわらず2社競合だったというゴージャスさの七ツ家線なんかを見てきました。


 いやー、わかってると思うけどバス路線の廃止跡は本当に、一発の写真だけで納得できるような痕跡ってないもんだね!(苦笑)
 ただ、たくさんバス用の待避線が残っていて面白かったなー。まあ、それは本当にバス用だったのかって言われると確証がもうないくらい、廃止から時間が経っちゃったかなってのはある。
 いずれの路線も見てて思うこと?やっぱバスが通ってた時期があるってことは、文化がそこにあったってわかります。
 バスが通っていた場所は、ホーロー看板が多いんです。
----11/22
俺と保波意キヨシ(完全版)●

 昔は演劇やってたりとかしていて。そういうとこってよく「自分も手伝いたい」って困った感じの自称ボランティアが来るわけですよ。「何が出来るかわからないけど、表現活動を何かやりたい、手伝いたい」なんて感じでね。時に重宝はするけれど、リハーサルとか大事なときに付きまとわれたりすると困るわけ。事前にネタばらしになったら困ったりするしね。
 その頃、所属してた劇団にそういう50過ぎのオッサンがやってきていて。おそらく感じからすると「あわよくば自分の活動する場所を持ちたい」って感じだろうかね。決してそんな核心部分は口にしなかったが、チラシ配りなんかを手伝いたいと申し出たり、ただ稽古場の周りをうろついたりね。
 何でか一緒に柔軟体操したりとか、まあ色々やったんだけれど、他の劇団の公演の現場に行ってもたまーに見かけてね。精力的だなあ、と思っていた。それだけその自分の活躍の場を求める思いが強かったのでしょうよ。

 後日、当時自分がバイトに行っていたとこの近くの施設に勤める公務員だと知ってね。
 当時昼休みに買い物行く先はその公共施設の一階にあるスーパーマーケット。そこでたまーに、制服姿の死んだ目つきで昼飯を買いに降りてくる、そのオッサンを見かけてね。
 あの虚ろな目つきと、生きるのが辛そうな表情で、スーパーの入口でタバコを吸う姿を何度見かけたか。けだるい煙を吐き終えると、近くの宝くじ売り場でいつも、何かしらを買っていたりしてね。
 たまに話しかけた。そのときやってる自分の、演劇の話をしたりした。相変わらずどこかに首を突っ込んでいたオッサンは、その代わりに俺によくわからない劇団の公演を勧めてくれた。そのときだけ、目は輝いていた。
 お互い、昼には見せない顔を見せ合う、一服の清涼剤としての情報交換。そして腹の中ではわかっているがお互い、多分心の一番深いところには交わりそうで交わらない。そういう、とりとめもない関係。
 その後演劇を辞めて、バイトの現場も場所が変わって。あっさりと、そのオッサンとは疎遠になった。まあ思い出話をほじくってみたって、やっぱり別にとりとめもないことにすぎない間柄だった、はずだった。

 それから、2年が過ぎた。
 面白いというかむしろ、珍妙なバンドを発掘するのが大好きなバンドマンの主催するライブによく出演するようになった自分。そんなライブの、自分たちのバンドがブッキングに入れられたその日の共演者に、「アマチュア芸能生活30年!自らアカペラで歌い、踊る53歳!」という凄い歌手が決まったという話が、ライブ直前に入ってきた。
 「自ら作詞した楽曲はレパートリー30曲、甘い歌声はプロの音楽家から『20代の歌声』と称される」
 なんて紹介文まで来た。ものすごい埋もれた人材なのか、はたまた素人が、老いを迎えて最後に一花咲かせようとあがく姿か。以前別のライブ会場で、そんな60近いオヤジさんが猛烈にそんな感じで売り込んできて、延々と個性的な演歌を聴かされて一向にライブが終わらず全員当惑、という現場を目撃したりしている自分には、ちょっとおっかなびっくりな感じすらあった。何せ、共演バンドである。下手に失敗すれば、そのあとに出演する自分たちの出来にも関わるのだ。ちなみにその以前の話のときは自分の出番が次で、フリーの公開ライブだったためか客はあきれてほとんど帰ってしまっていた。もちろんその後、おれたちは地獄を見た。

 そして、当日が来た。
 まだ、開演前のライブ会場の扉を開けると、譜面台にびっしりと歌詞カードを書いたものを整理していたスーツのオッサンが。
 …あのオッサンだった。
 そういえば聞かされていたその歌手の芸名の下の名前は、あのオッサンの下の名前と一緒だ!

 ライブは爆笑の渦だった。その日の出演バンドはロック+ファンクの実力派バンド、テクノユニット(俺達だ)、民族音楽系パーカッション、音響系即興演奏と玄人ばかり。その中で身ひとつで踊り出したあのオッサンは寸劇、ラブソング、ダンスなどをハイテンションで繰り出しそのハコの20〜30代オーディエンスの心を激しく揺さぶり、とても50過ぎとは思えない若々しさで圧倒。その舞台度胸と佇まいは、衛星のように舞台の裏を回っていたあのオッサンとは思えない、ましてやあのスーパーのオッサンでもない。まだぎこちないけれど、立派な一人の芸人の姿だった。満場の拍手と、アンコールまでもが飛び出した!まさに、大成功だ。
 そして主催者はいたく気に入り、2ヵ月後に控える大きなイベントの出演依頼をその場でするという騒ぎに、そしてミニFMのラジオで紹介されたりと、まさに奇跡のようなストーリーが。

 俺とそのオッサンは後日、再会をひそやかに喜んだ。まさか、あなたもここでやってるなんて、ともにこれから色々面白いことをしましょう、だなんて誓って。オッサンが舞台に上がることを夢見る姿をずっと見ていた俺にとって、目の前で繰り広げられたその奇跡は、なんだか嫉妬すら覚える、そんな光景でしたよ。そしてそのとき初めてボクは、そのオッサンを対等の立場で見てたのですよ。同じ舞台人として、そしてライバルとしてね。

 数日後。「その日のライブの感想」が書かれた、インターネットのサイトを検索。すると、このオッサンに振り回されながらも応援している人々の雑記がいくつか綴られていた。マネージャーと称する女性がこう独白していた。
 「とんでもなく思い込みが激しくて、ナルシストだけど、やろうと思ったら止まらない。」
 オッサンは音楽活動を思い立ち、劇中音楽の制作に携わるプロの音楽家に頼んでCDを作り、いろんな人々に配布したりしていたようだった。ライブ暦はそのライブまで2〜3回。居酒屋で勝手にライブして無視された、レゲエバーで6人呼んだ、という戦歴だったようだ。
 やっぱりなあ。
 前述した、「素人が、老いを迎えて最後に一花咲かせようとあがく姿」だなんて、冷めた目で見る向きもあるかもしれない。あの日のライブに出るまでのオッサンは、所詮そう切り捨てられて然るべき存在だった。
 しかし、オッサンには力があった。その一度のチャンスで、客の注目に応え切る力が。

 2ヵ月後に控えたイベントは、自分の住む街でも一癖も二癖もある出演者や客が集まることで知られ、中央からも大物バンドや、サブカルチャー界の大御所的な人間がゲスト参加したりするお祭りだ。ともすればオッサンは、東京デビューという道も開けただろう。いや、おそらく高確率でそうなっていたに違いない。
 だが。
 何だったんだ、その奇跡のたどり着いた、さらに漫画みたいな結末は。
 一ヵ月後。そしてそのイベントを一ヵ月後に控えた頃だった。

 俺はバンド活動の内容が原因で会社を追われていた。
 「お笑いなんていい年してするんじゃない」という負の感情がじんわりと、会社全体に大きな村八分までに広がり、仕事をよこさない、などの大人気ない行動につながっていったのが原因だった。
 全く笑えないや。きっといつぞやのあのオッサンと一緒で、俺も死んだ目で耐えていたんだろうよ。
 解雇を通知されたその日の街の空はギラギラしていて、なんとなく嫌な気分になって遠くに旅に出た。
 そして、それは奇しくも、その日だったらしい。

 旅から帰ってきて数日後、オッサンの突然の訃報が、先の主催者のバンドマンの口から伝えられた。
 くも膜下出血、突然死だ。

 あの時俺と同じ舞台に立ったあのオッサンはようやくスタートラインに立った。しかも、強烈なライバルとしてね。あの場所は、いつも昼に見かけたあのオッサンが本当に求めていた世界であったろうよ。そして、多くの人に注目されるであろうイベントの出演という、もっと上の世界へと昇れる階段が目の前に開けた、と思った矢先に彼は天に召されてしまった。一番、残酷な瞬間に。

 思えば奇妙な縁だった。こんなクソッタレな、奇跡のような出来事に、立ち会う羽目になった俺。イベントが行われた日、追悼と称して彼の歌と映像が流された。黙祷しようにも、涙が止まらなかった。嗚咽が漏れ、立っていられなくなりそうだった。だが、周りは爆笑していた。いつの間にかつられて笑っていた。歌の力はスゲエ。映像は奇跡的に、客の一人が撮っていた携帯の動画!あまりに低い解像度ゆえ、つぶれて顔なんて全く見えない。でも、客席はもう爆笑に告ぐ爆笑。スクリーンの、つぶれて訳のわからなくなったようなオッサンに鳴り止まない満場の拍手の渦、渦、渦…。

 これでよかった。
 よかったと思うしか、残された俺達にはないや。
 ただ、この運命を決めたのが神というのなら、俺は神を呪うよ。
 神を呪うために、人を楽しませる。あのオッサンの分までね。

----11/21
「芸能通クイズ」5周年●
 http://dohke.at.infoseek.co.jp/
 老舗でありながら孤高、別にブレイクしたこともないけど熱狂的ファンを持ち続けるこの読者参加型サイトがついに明日5周年です!

 …最初にCGIをぽんと置いて、みんなが芸能クイズにどうボケるかをアホのように眺めていたら「そうだ!クイズの解答と称して一番面白い奴を選んでいったら面白くね?」と思い立って、大喜利(?)形式にしたあの日から5年。

 ここで出会った人はみんな自分の宝です。思えば東京ライブもここがなければ絶対に出来なかったし…。
----11/20
ドンの字のチンロック感想●
 「なあ、正直つまらなかったか?」
 彼女はライブハウスとか滅多に行かない人だし、何よりあの重低音がそんなに好きじゃない人だ。だから怒られてもしょうがないと思ったのだが。そう思って訊くと
 「いや、自分の嫌いな音楽がなかったから楽しめたよ」
 「…どんな音楽が嫌いなんだ?」
 「うーん、ほら、ハードロック系のうるさい奴とか」

 一瞬考えて。

 「…あのさあドンの字、インジャパンはハードロックじゃないのか?」
 「あれは、ハードじゃないから」

 ハードロック嫌いな人に自分たちの音楽を聞かせてしまったインジャパンは、凄く偉大だということはよくわかった。
----11/19
追悼→号泣→爆笑●
 チンロックから早抜けしてきました(ドンの字と用事があったので)。今、買って来たドラびでおのDVDを二人で見終わって、早抜けを激しく後悔中。どっちもライブじゃ未見だったし、ドンの字はブードゥー初めてだったからねえ。ちなみに彼女は誕生日だったのでした。

 会場でキヨシさんの歌と映像を観ながら、号泣。その後大爆笑。キヨシさんの力はスゲエや。キヨシさんの生前の昼の顔(某施設職員)しか知らなかったドンの字は唖然、爆笑。あの会場で一番キヨシさんと付き合いが長かったであろうおれ。まさか自分のホームグラウンドみたいなライブハウスで、ミュージシャン同士として(しかも対バンで)再会できたという奇跡とその予想外っぷりは、忘れられんよ。某劇団稽古場で一緒に柔軟体操をした縁が、まさかここまで巡るなんてね。ありがとう、さようなら。

 2007/1/9のハイコレ80の詳細。
 知ってる人が見たらぶっ飛ぶぜ!みんな来い!

 テクマ!(東京)/テクエ!(東京)/INN JAPAN(福岡・東京)/内山田ロビンとクールダウン(山口)/宇宙サービス/ガーターベルト/unco

 ガーターベルト!unco!凄い対バン過ぎてぐうの音も出ないが、あのポパキヨと渡り合ったオレ達だ!飛天の構えから繰り出せ必殺技!朕はやる!
----11/18
明日はドンの字生誕祭●
 毎年生贄4人(通りすがりの村人)を捧げ、軽く下界の国2国ほどを滅ぼしながら盛大に行われるドンの字の生誕祭ですが、明日はつましく二人で天神をぐるっと巡ってチンロックでキヨシさんの追悼をしようと思います。二人でよく出くわしてたなあ…。
 あんまり遅くまで居れないので、ドラびでおのDVD買って帰ろう。

 どんなことがあっても、いつもどおりのドンの字に感謝。
----11/15
いじめにしろ何にしろ●

 みくしとかブログ、はたまた大型掲示板とかでさんざ意見が出尽くした感がある「いじめ問題議論」を斜め読みしたり、自分でモノ書いたりして思うけれど、なんだかんだで討論したりしてしまうのは「心に引っかかる何か」がみんなあるからだろうと思う。

 それを含めてやっぱり今後有益な結論になるのは

 「いじめは悪である」と社会通念上は建前上認識し、子供たちには「いじめはやっていけない」と徹底的に教え込む。例えそれが社会では通用しなくとも。

 ってとこじゃないのでしょうかね?

 いじめを「エロいこと」に置き換えると凄くわかりやすくなりますが、子供たちは快楽に忠実です。大人というのは快楽原則に忠実に、本能的な行為に耽ると社会的に痛い目に遭うのがわかっているのでやりません。そもそも社会というのはそういった個、各々の本能的な行為を如何に抑制していくか、そのために規律なり法律なり宗教なりを作り、よりその機能を個人一つ一つに浸透させていってるものじゃないですか。

 「いじめ肯定論」を跳梁跋扈させた結果がこれだと思うのですよ。本当に、いじめというのがあって当然であるのなら。ここまで議論が激しく起きなかったり、社会現象的に自殺騒ぎやらが起きることはないと思うのですよ。

 いじめってのは本能的な何かですもの。しかも、自分の動物的な嫌な何かがさせていることが、肌でわかる卑しい行為です。でもね、大人のHと一緒で、必ずしなくちゃ生き残っていけなかったりすることだってあるし、それで涙を呑んで悔しい思いだってすることだとあたしゃ思います。この前それで自分は涙を飲んだけれど、別に恨んじゃいない。彼らはそれをしなきゃあ、もっと大きな社会全体で生き残れないし、僕もそう思うさ。

 だから、最初から当然だと教え込むことはよくないのです。それってただの、動物じゃないか。そういうのに敏感すぎる自分は苦しんで生きてるけれど、少しでもそんな動物が減って欲しいと思うよ。

----11/12
宇宙サービスは地味に活躍中。●

 久々に、真面目に告知。

 2006/12/9(※都合により変更になりました、要確認)
 堕天使ポエティーク20 at カンターレ
 「宇宙サービスと森さんとおっきいお兄ちゃんたち」

 
 2006/5/25、秋葉原研修後に行ったあの宇宙サービス主催堕天使通称「オタクの王国イベント」が帰ってくる。クソゲー寄席・バカレコ・70年代歌謡DJに加え映像作品上映・インスタレーションなどを現在交渉中。

 2006/12/27(水) LOUNGE SOUNDS
 「40人ギター回し弾き忘年会」


 参戦決定!っていうかギター人前で弾いた経験皆無…いや、役者でやってたじゃん?そっかあ、じゃあ安心…なのか?そうなのか?

 2007/1/9
 ハイコレ(まだタイトル未定) at Voodoo Lounge


 対バンに東京から何と超大物1名(予定)、INN JAPAN、そして山口から内山田ロビンとクールダウンがやってくる!次々と襲い掛かるライバルたち、三度笠をめぐる死闘!宇宙サービス飛天の構えが今炸裂の予定!「よりによって美坂栞が校舎に現れた日に」とは、三田村クニヒコさん談。

 来年のオファーが一件あるだなんて心強いや。あと、年末のイベントモノに呼んでいただけるなんて嬉しいわ。…そういえばだ。自分たちがスタートしたライブハウスが、いつの間にかつぶれていた。少しショックだ。年末のイベントに出たりしたなあ。

----11/11
大耳とチャーリーとかさいくん工場●
 今日はまあ、対人恐怖のリハビリもかねて大耳まで行ってきました。いやー、最近一年位でもバッキバキに改心の演奏でした。

 堕天使〜ハイコレの宣伝したが手ごたえナッシング。いいや、もう。
 宣伝してるすぐ横であれだけ無関心装われたら誰だって気悪くするよ。

 で、かさいくんが借り物を返してというのでうちに来ることになり、その前にオイラはちょっと腹減ってたのでラーメン屋へ。帰り道で夜遅くまでで美味いとこは…ブラボー、いいな。
 あの店はよく映像を流しているんだが、ちょうど「チャーリーとチョコレート工場」をやってた。観たかったんだよなあ・・・。しかし、かさいくんが先に着いたらまずいってんで泣く泣くチャーリーが工場に集まる直前で店を去ることに。くそうあのクソガキどもへのお仕置が観たいのに。

 家に帰るとかさいくんは15分前に着いていた様子。申し訳ない。

 そうそう一応メンバーというかリーダーというかの電子即興音楽+即興演劇バンド「テンション上がってきた」の半確定オファーがきました。テンションのメンバーのウラジさんが佐賀市でやっておられる「金SHOW」(毎月第2金曜日夜)らしいです。2〜3月にオファーが来たら自分は欠席しますが、ご近所のみなさん是非。
----11/10
世界は回る。●
 先日ドン様(職業:ドン流アイドル)とまんだらけに行ったとき。まあ、アニソンっぽい曲調でBGMで

 ♪まわる〜まわってく〜(アレアレア〜)

 って曲が流れてたんだが、確か誰かの車でカーステてかけたおされてて妙に頭に残った歌じゃなかったっけと思い出す。

 ずっと生きてて気付くことはさ。付き合っていた下の世代の「これはどうかと思う人」ってのが、自分を好いてくれたり憎んでいたりとどっちでもいいけどさ、着実に自分と同じ轍を踏んでくれるのね。
 いやあ、その所属していた場所に近いところの告知見て、ある名前を見かけて思いました。

 ボクはずっと意地悪で、一度も「そっちには何もないぞ」と言わなかったのが悪いんだろうか。いやあ、何もない場所から何かある場所へと、その彼もまた走ってくれるさ。ボクと一緒で、気の遠くなる時間をかけて。
 もちろん今気付かせてもいいけれど、苦しみと痛みがじっくりと、血肉になるまで気付かないほうがいいのです。

 そして回ってく世界。もちろん自分も、誰かしらの二の轍を踏んでいて、その螺旋の先は…
----11/9
はじめてのマジックアカデミー●
 先日ドン様(職業:ドン流スター)とゲーセンに行ったのですが、彼女は最近マジアカのカードを作っておられました。

 ゲーセンにあるオンラインのクイズ対戦ゲームですね。
 私めと彼女の知識の守備範囲はちょうど、

 漫画・アニメ・芸能→ドンの字
 雑学・スポーツ・学問→おれ

 となっているので、二人でやると大変成績がよく。あっという間に初級から中級に上がっていったのを見てドンの字大喜び、めでたしめでたし。

 今ちょっと節約モードなのでアレですが、仕事の話が正式に来たらカードを作ろうかなと思っています。
 自分がつけるならフツーに「ドンさま」とつけちゃうと思うので、会える日を皆様お楽しみに。

 ・・・で、この日記を読んで「芸能通クイズあれだけやってもまだ芸能問題弱いのか」と突っ込んだあなたは、相当付き合い長いですね(苦笑)。
----11/6
R-TYPE FINALと松本K●
 シューティングゲーム上の芸術表現というジャンルは、非常に語られることが少ない。なぜならそれを理解した上で全てを体感できるほどの腕前のゲーマーというのが、非常に限られた人種だからである。
 ゲーマーでかつ芸術表現に造詣の深い、という人種は確かに少なからずいるんだがいかんせん、どちらの門を叩くにも間口が狭すぎる。

 いやー、土曜にR−TYPE FINALやってたら、妹の子供が大挙してやってきたんですわ。で、ずーっとこっちがプレイして見せてたんですけどね。
 このゲームって、まあ一番最初の「R−TYPE」のときのデザイン論が「エログロ悪趣味モンスター大集合」でね。原色のどぎつい色の異形の怪物たち、男性器そっくりの蛇が女性器のいっぱいついたような怪物から幾度となく出入り。その怪物の名前はさりげなく「ゴマンダー」。胎内からは水子がうようよと。
 以後、続編では「ゴマンダーとつがいのキャラ(弱点がモロその形!)」、敵の外性器から体内に進入、精子型の浮遊物に追いたくられるステージ、乳房型のボスキャラが弱点部分を触手でつままれる表現(苦笑)など、ともかく「シューティングゲームでエロを表現する」限界ギリギリをぶっちぎりでハイウェイ激走してたわけです。

 いやー、FINALようやくエキストラステージ以外終わらせましたが、徹底したエロのギリギリの表現の行き着く先は、やっぱりエロそのものであるということをこの作品は教えてくれた気がします。
 しかも、それが本当の作品全体が表現したいことに向かう、滑走路に過ぎないところが素晴らしい。

 先日の堕天使の対バン、松本Kという男の目指してる表現の地平がこのゲームと凄くかぶっていて、ちょっと再評価しちゃいました。もっとも彼の場合、モロ表現をやっちゃうところがあるからそこは僕には合わないんだけれど。

 でも本当のところ両者とも、本当の本当に表現したいとこはきっと純粋なエロだよね(苦笑)。
----11/1
ラウンジサウンズ行ってきた●
 まずハイコレ東京行ったうちのサイトのお客さまの皆さん、ボギーさんが厚く御礼を。HDくん、ポッコリの方が喜んでおられました。

 今日は楽しかったです。
 ちょっと、生きることに勇気が出ました。

 あ、短い感想だけど意図的にです。
 ここんとこ辛いことばっかだったので。

温泉行ってきた●
 きのうのラウンジサウンズでもかなり痛かったのだが、寝違えた首筋が肩こりとともに一日ごとに悪化。

 昨日の晩とうとう眠れないくらいに悪化したので、ネットで調べてなんか秘湯っぽいけど温泉センターがあるような温泉に行って来ました。無論バス停写真撮れそうなとこ込みで。

 http://3.pro.tok2.com/~kumaken/onsen/ooita/tukada.html

 …!!!!!!

 ロケーション、バス停、温泉、全て最高!
 実は出発前、スピードメーターを見ることすら出来なかった首が(苦笑)、何の痛みもなく下がるじゃないですか!

 バス停(日田〜五馬線)はちょっと近年まれにみる宝石箱のような路線!ここを廃止にしたら文化遺産がなくなる!道路拡幅される前にみんな写真に収めろ!乗れ!トトロのバス停みたいなバス停がうじゃうじゃ!軒下にぶら下がるバス停!

困っちゃう10月

つうつうれろれろ9月

オッペケペ8月