ごく普通のアメリカ人らしい少年時代を否定することは、白人ミュージシャンならではの欲求だったのか、あるいは、それはアルコール中毒の父親(本当にそうだったかは誰も知る由もないが)から受け継いだ遺伝子に組み込まれていたのか。いずれにしろ、ビル・エヴァンスがアメリカで最も影響力のあるジャズ・ピアニストのひとりであり、同時に麻薬中毒者であったことは確かだ。彼が麻薬を常習するようになったのは、1950年代、マイルス・デイヴィス・セクステットに参加してしばらく経ったころからだ。エヴァンスはそれから20年もの間、ヘロイン、メタドン、そしてコカイン中毒の深みに溺れた。内気なミュージシャンとしては、ただ気楽にピアノの前に座っていたわけではないだろう。マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、ポール・チェンバース、そしてフィル・ジョー・ジョーンズの「クールの化身たち」の影に隠れ、バンド仲間だけでなくファンからの厳しい嘲笑にさらされたからだ。麻薬は彼の身体と魂をゆがめてしまったが、鍵盤を走る彼の指は皮肉にも、かつてないほど崇高な音楽を奏でた。著者である伝記作家のピーター・ペッティンガー自身もプロのピアニスト、そしてエヴァンスを長く聞いてきた人であり、音楽の微妙なニュアンスを表現する達人でもある。彼はまた、これほどまでの美しさと痛みをエヴァンスの人生にもたらすことになったフォース(力)を探る上でも、鋭い感覚を示している。結果、この本は、重荷を背負って生きた男の記念碑、エヴァンスの卓絶した音楽へのオマージュとなっている。
創作の源泉は何だ?
当たり前のことではあるが、どれだけ彼の人生や彼の実生活を克明に記録したとしても、彼の奏でる音がなぜあれほど美しいのか、という説明にはならないし、簡単に因果関係を作ってもいけない。 ただ、読者(同時に彼のピアノの聴き手)が読むのは、彼のボロボロの人生と、本当の音を求め続ける悲しいまでの彼の欠乏感である。そこにどのような因果があるかはわからないが、その対比は我々の胸を打つ。 もちろん、彼のピアノを聴きながら、読むべきでしょう。
初の伝記
待ち望まれていたビル・エヴァンスの伝記がとうとう出た。朝日新聞の書評は、筆者が一度もエヴァンスに会ったことがないという記述に早とちりしたのか、実人生に深入りしない態度が潔い、などと、とんちんかんなものだった。 エヴァンスとドラッグの関係など、新知見は多い。初めて来日したとき同伴した新妻との関係など、驚いたというかなかば呆然としてしまった。 翻訳はとても読みやすい。第1刷にあった固有名詞の誤訳(例えば作曲家のミヨーがミルホードなど)が第2刷りでかなり訂正されている。監訳者の名前が挙がっているが、どうやらクラシックには疎いらしい。 とにかくビル・エヴァンスのファンにとって必読書と思う。今年2月のJazz Journal Internationalでも某評論家が、この1年の最高の収穫、と書いている。お薦めします。
水声社
ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄 ビル・エヴァンス名盤物語 (CDジャーナルムック) 定本 ビル・エヴァンス (ジャズ批評ブックス) Explorations エヴァンスを聴け!
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